| マイケルアレフの ことばの認識は世界を変える |
| 3.AIの作り出すものは真実、現実であり、 今までに人間が作ってきた価値観を信じている姿こそフェイクである? 昔は物に偽物はあったが、今では画像、映像や音声までが、本物とそっくりのフェイクが作られるようになったと言われる。英語でフェイク、FAKE とは偽物の意味である。 AI で作ったにせよ、本物とは違うという意味でフェイクと言うが、しかし、AI が作り出すフェイクは、在るがままの現実であり、真実であるのではないか? そう考える人はいないのだろうか? 本物とはいったい何を意味しているのか? 同じという同一であると言う意味か? その他のシリーズIII 違うのに同じとはどういう意味。 難しい? 1+1=2 の説明 わかっているつもりでもわかっていない簡単と思うこと の中で、 同じ物は人間の世界には無く、同一という同じものを足しているのではない、と書いた。 一般的に同じとは、同じような物、同類の意味で、同一の意味ではない。 足すことができるのは同一ではなく、同類の意味であるからだと。 今まで人間が本物と考えてきたその考えにこそ、間違いがあるのではないか? 本物とは、絶対に変わらない同一のものという意味であれば、人間の世界に本物など存在しないし、存在できない。 同一の物でさえ、時間の経過と共に変化していて、同一ではなくなっていく。 言い換えると、全ては同一という本物ではなく、似た物、フェイクである。 そんな馬鹿げた話はあるかと一蹴されそうである。 本物とは何か? お宝を専門家が鑑定して本物というお墨付きをもらう。 それはどういう意味か? 本物とは、その物が特定の作者により間違いなく作られたという意味であれば、その通りかもしれない。 しかし、人は、そこにお金に換算した価値があると評価されることに関心を持っている。 本物と願う人は、その物自体ではなく、人間により作られた価値観のことで、本物に付けられたお金の価値に興味があり、それが重要と思っているからではないか? 物のに対する人の価値は変化するが、その本物も変化している。 映像や音声までが、本物とそっくりのフェイクが作られるようになっているが、なぜフェイクと思うのか? 人間はその違いがわかるほど、精密な入力器官を持ってはいない。脳は五感を無視して判断する能力はない。 人間には本物か偽物か、簡単な違いならわかるが、微妙な違いを正確に判断する能力は初めからないのである。 つまりAI の方が、精密な物を作り出す能力がある。 ここで重要なのは、人間の能力の優れている意味は、五感にあるのではないことである。 人間の五感では、AIの自動運転にもかなわない。顔を認識する能力にもかなわない。声を識別する能力にもかなわない。 しかし、人間には考える力があり、その力が生来の五感の能力をはるかに越えるものを作り出してきた。AI が優れていても、それは人間の考える能力の結果である。 人間はそのことに、その違いの意味に、問題の原因に、やっと気付き始めたのである。 どういうことか? 人間は五感で自分の外の世界を認識しているが、五感を通して脳が認識する範囲は基本的に有限であると決まっていて、無限ではない。人間は五感を持ってはいるが、その能力には限界がある。 これが、手品やマジックで、人は簡単に騙される理由である。 目は非常に速く動くものについていけない。地球のように大きなものは見えないし、細菌のような小さいものも見えない。 耳を通して認識できる音の周波数も決まっている。小さい音は聞こえない。 人間には初めから限界があり、限界を越えるものを認識することはできない。今もその生来の能力は昔と大きくは変わっていない? 昔から、人間はその限界のある枠の中で考えてきた。 詳細な事実を知らずに、気付かずに、無いものを作り、在ると感謝し、怖がり、信じてきた数千年もの歴史がある。 AI によるフェイクが、人間の作ってきた世界に間違いがたくさんあるという真実を明らかにしている。 昔、今のように情報が無かったことを考えれば、人間は無知であったため、間違いだらけの世界を作ってしまったことは、仕方のない結果と思えるが、事実を知り、理解するようになった現在、人間は、人類は、人間の限界をわきまえ、事実に基づいた考えを持つべきである。 今問題なのはAIによりフェイクが作れる時代になったことではない。 問題は、「本物の絵は数億円、コピーである偽物は価値がない」と思い込んでいることに象徴される、人間が価値を勝手に作り、値段をつけ、それが本物で価値があると信じていることである。 価値は人間が作ったものなのに、疑うこともなく、無いものを在ると信じている。 それこそがフェイクではないか? AI によるフェイクを恐れるのは、人間の真実の姿に気付くからではないか? 言い換えるなら、AIのフェイクこそ真実であり、人間の価値観を信じている姿こそフェイクであるのではないか? 人間は無いものを在ることにし、在るもにさえ無いことにする。 信じることの意味である。信じるとは騙されること、考えないでいることで、知的生命体であるべき人間の姿ではない。 AIの存在が、人間が作りあげた人間の世界の間違いを明らかにしている。 それは、人間が人間の真実の姿を知り、価値観を信じることを修正する時が来ているという意味に思える。 人間の世界と自然界の在るがままの世界では、真実が違っている。 人間の持つ価値観が同じ物でも美しい/醜いと違って見せるからである。 それこそがフェイクの原因である。 AI の登場は、人類の在るがままの現実、真実という事実を明らかにする。 人類は、人間の本質に気付き、考え、在るがままの事実に調和した歩みを始めるべき時が来ていることに気付く必要があるのではないか。 マイケル アレフ |
| 2.教育の目的は何か 現在の犯罪が頻発する世界になった原因が教育という、教え育てることにあると思うのは私だけなのだろうか? 動物をしつける、訓練するとは言うが、動物を教える、教育するとは言わない。人間と動物では違いがある。教育という言葉は、人と動物という対象が違うために区別して使われている。 鳥や動物であれば、言うことを聞かせるために、強制して、躾(しつけ)ることが必要になる。飴と鞭が必要になる。 人間も長い間、動物と同じよう扱われてきた歴史がある。 子供は、動物と同じように、強制して、躾や勉強という言葉が使われてきた。 しかし、それは、人類が在るがままの事実を知らずにきたからではないか? 勉強するという漢字から作られた表現には、間違いがある? 勉強する、勉強しなさい等とよく使うが、その言葉の意味は、勉めて強いる、という強制の意味である。 同じことが大人の世界でも当たり前に行われている。 法律で、警察力で、権力で、武力で人間や国を押さえようとすることである。 正義で、押さえようとすることは、知的生命体である人間の意味を理解せず、力で、表面的に強制し改善しようとすることであり、本質的に修正することではない。 修正に一番大切なのは教育である。 しかし、今まで、教育の目的を理解せずに、ただ教え、育てることに重点が置かれてきた。 誰でも二十歳になれば、大人として認められ、大人としての権利が与えられる。これが責任の自覚のない大人が増える背景ではないか? 今まで教育という言葉は、教えることの意味を理解していなかったように思える。教育という言葉に欠けているものがある。 それは、教育に目的がなく、明確な目標がないことである。 教育の目的は何であれ、優越感を満たそうと、一番、一流になり名声、地位、財産を得ることだと思っている人が多いのではないか? しかし、教育とは、情報を与えることにより教え、二十歳という大人に育てることではない。教育という言葉には目的が欠けている。 人間は知的生命体であり、他の生命体とは違いがある。 産まれた時から学習する能力が備わっていて、情報を与えるだけで学び、学習する。 教育の目的は、教え、育てることにあるのではない。 教育の目的は、知的生命体である人間の持つ学習する能力を理解し、導き、考える力を育てることにある。 教育は、自分で考えることにより、人間は一人で生きているのではなく、一人では生きられないという事実を理解し、人間社会に対する責任を自覚し、その責任を自発的に受け入れる大人に育てることにある。 二十歳になれば大人になるのではない。人間社会に対する責任を自覚することが大人になる意味である。 現在、学び、学習し、考えるという能力があるのは地球上では人間だけである。 力による強制ではなく、教育の目的を理解し、認識することが、世界を変える唯一の道であり、人類にとって一番大切なことではないか、 と考える。 マイケル アレフ 参考資料 シリーズ11 「教える、教育する、学習する」の意味について 動物を教えることから見えてくる教えることの意味、気付かなかった間違い? シリーズ14 学習することの意味について |
| 次回 3月1日(日)に予定していた シリーズ48ー5 その2は、 思い付きの記録を優先させるため、4月初めに変更します。 内容: 考えることからわかってきた新たな事実 私、自分という存在の意味 その2 7. 今までの死に対する考えを改める 8. 寿命について 9 その他 |
| 人間の恐ろしさ 具体例 |
マイケル アレフ |